昭和29年に同好会組織として、岐阜県小中学校音楽研究会が発足しました。
その後、研究会組織が少しずつ充実して全県組織となり、昭和34年には全国音楽教育大会が岐阜県で行われました。
それまでにも、県内各地で音楽創作指導の実践は行われていましたが、これを機に、
「子どもたちが創作活動に意欲的に取り組むことができ、子どもたちによる感性豊かな作品を交流し合い、広めよう」
というねらいのもと、岐阜県小中学生作曲コンクールは発足しました。昭和35年4月のことです。同年6月の「音楽教育18号」で、初めて作品募集が行われました。
当初は、年2回コンクールが行われていたそうです。
昭和45年からは、岐阜新聞・岐阜放送(現ぎふチャン)との共催が実現しました。自分の作った曲にピアノ伴奏がつけられ、演奏が放送されるということは、子どもたちにとって大きなプレゼント、励みとなり、その後平成21年の第59回まで、途絶えることなくコンクールは続けられました。この間目立った停滞期はなく、多い年には1回のコンクールに1000作をこえる応募が寄せられました。
岐阜県小中学生作曲コンクールのあゆみ