「野武士ソバ」
カタカナ言葉が批判されるのは、その意味の分かりにくさにあるようだが、漢字で書かれていても分からないものは分からない。読める言葉でも意味は不明なものがある。
「批准」……「ひじゅん」。だれかしたことがある?
「台風」……「熱帯低気圧」とどう違うの?
「熱帯低気圧」……「温帯低気圧」とどう違うの?
しかし、一番困るのは、「意味の発明」である。ボクは以前、これで大変な目にあったことがある。
ボクはソバ好きだが、あるとき、通りがかった店の品書きに「野武士ソバ」と書かれているのに出会った。にしんソバとか天麩羅ソバとか、ソバのバリエーションは数々あれど、野武士というほど野趣あふれたソバは聞いたことがない。即決である。小躍りする心を抑えて渋めの声で「野武士ソバ一つ」と注文をした。
ソバが来た。湯気がモウモウと立ち上って運ばれてくる。そしてゴトリとテーブルに置かれたソバを見たボクは卒倒しそうになった。ソバが見えないほど器一面に、シイタケがまるで野武士の陣笠のように並べられているではないか。野武士ソバとはよく言ったものだ。しかし、ボクは何が嫌いかと言ってシイタケほど嫌いなものはない。さりとて、自ら注文してしまったものに文句のつけようもない。あり余るシイタケには一つも手をつけず、シイタケ臭さに閉口しながらソバだけは残さず平らげた。
憮然として会計を済ますボクの背後に、食べた器をいぶかしげに片づける店員の気配があった。ボクは正体の分からないものを注文した自分をなじるとともに、自分勝手に名前を付けた店主の洒落っ気をうらんだ次第だ。
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