ヒゲナガカワトビケラ属の生態 巣をめぐる行動
大垣北高等学校 船越進太郎


1 目 的
 近年、河川の水質浄化が重要な課題とされ、水生生物の浄化能力が注目されている。ヒゲナガカワトビケラ属の昆虫は河川の底生生物として生息密度の最も高い昆虫の1種であり、水質の浄化に果たす役割は甚大なものがある。しかし、水生昆虫の生態は充分に解明されているとはいえず、この属の昆虫も分布や巣をめぐる行動などに関して、分かっていないことが多い。実験室に河川モデルを作成し、室内実験を行うとともに、野外実験も実施して、流水中で生息する河川昆虫の生態を解明することとする。

2 準 備
 大型箱形水槽、循環器、水流ポンプ、モーター、アクリル版、アクリルカッター、ジクロロメタン、プラスチックビーズ、注射器、マグネチックスターラー、丸形水槽、金網籠、大型ポリバケツ、マーカーペン、エタノール、双眼実体顕微鏡、ビデオカメラ

3 原 理
 ヒゲナガカラトビケラ属の大きな幼虫は、小さな幼虫の巣をのっとり、その行動が河川における2種幼虫の分布の偏りと関係があると考えられる。室内実験で発見された幼虫のこの行動は、マーキング法による野外での調査や河川モデルを作成しての室内実験で証明される。

4 方 法

水生生物実験装置 ト ビ ケ ラ

 室内実験で用いた幼虫は、岐阜県長良川水系および揖斐川水系より採集したヒゲナガカワトビケラ属の2種である。幼虫の体重を自動上皿天秤で測定し、自動撹拌器の上に置いた直径 23cmの円型水槽の中で巣を作らせた。水の回転速度は水槽端で 2.8cm/sで、水深は約5cmとした。餌としてサクラ葉の乾燥粉末や市販されている観賞魚の餌の粉末を与えた。幼虫は1日で水槽の端に巣を作り、その中に定位した。新たな幼虫の体重を測定し、巣の近くに放した。放された幼虫が巣にたどり着き、巣を作った幼虫と接触(大部分は頭部と頭部が接する、その他、一部は頭部と尾部とが接触する)した時から、ビデオカメラで撮影するとともに、両幼虫の一方が巣から離れるまでの時間を測定した。後から入れた幼虫が巣から離れたり、もしくは5分経っても巣を占有することができなかった場合をのっとりができなかったものと判断した。実験に供した2種類の幼虫の同定は、頭部の斑紋と前脚付け根の1対の突起で行われるが、熟練しないと種の決定は大変難しく、最初は種を問題としないで体重差のみで実験を行った。その後、同定が確実に行われるようになって2種幼虫を同定し、両者の間でのっとり行動が見られるかどうかを確かめた。
 同様の実験を試作の透明循環器で行った。循環器の容積は7459cmで1分間に20.25gの水を流すことができる。回転水槽との大きな違いは、放される幼虫は巣の上ではなく、水の取り入れ口である。幼虫は移動して巣を作るか、すでに作られている巣をのっとるかの選択を迫られる。チャバネヒゲナガカワトビケラ10匹の終齢および亜終齢幼虫にあらかじめ巣を作らせ、巣を作った位置にアクリル板外部より赤い三角形のシールを張り、その位置と個体番号を記録した。その後、ヒゲナガカワトビケラの終齢幼虫16匹を放した。1時間後および1日後の巣ののっとり状況を調べた。
 野外実験を行う前に、トビケラ幼虫が巣を完成するのにどれくらいの時間を要するかを調べた。様々な大きさの石(小石:直径約5mmの石、中石:直径約5cmの石、大石:直径約15cmの石とし、これらの石を水槽の底に敷き詰めた)を入れた回転水槽に、ヒゲナガカワトビケラ終齢幼虫20匹を入れ、巣を作らせた。1時間後、3時間後、1日後の巣の完成度を調べた。
 
野外実験ではそれぞれの実験地点で終齢幼虫を採集した。1人の実験者が容器から1匹ずつを取り出し幼虫の体を素早くテッシュペーパーで拭いて、他の実験者は青の油性ペンでマーキングをした。マーキングは巣のすき間からでも幼虫のマークが分かる様に、腹部背面に行った。一連の作業は必ず2人一組で行い、幼虫の活発な行動を保つために、マーキング完了までを数分で行った。全ての作業が終了した時点で、マーキングをした個体は網に入れ、1m四方の実験域に放した。流された個体は下流で金網カゴを使って受けとめた。実験地点の流速は 43から58cm/s、水深は10から30cmあたりで行い、金網カゴの上流部には実験者が立ち入らないようにした。約 30分〜1時間後に調査区間の川底の石をすべて取り出し、ヒゲナガカワトビケラの巣とマーキングされた個体を探した。巣は慎重に石をはずし、中にいる個体がマーキング個体であるかないかを確かめた。

トビケラマーキング マーク個体を放す

巣に入ったマーク個体

5 結果
 回転水槽であらかじめ巣を作らせた幼虫に、他の幼虫を接触させ、巣をめぐる行動を観察した結果を表1に示した。

表1 2個体の体重差とのっとり行動の有無およびのっとるまでの時間

 幼虫が巣をのっとる行動には2つのパターンがあった。すなわち

 1:上流部から巣に入り込み、巣の内部で先住者と入れ代わり、上流部から先住者を追い出す行動。
 2:下流部から巣に入り込み、先住者を上流部から追い出す行動。

である。たいていは前者で侵入者が近づくと、巣の中の幼虫は侵入者の方向に向きを変え、応戦体制をとるからである。しかし、時には後ろからの侵入を許してしまうときがあった。体重差がマイナス、すなわち後から入れた個体が小さい場合は巣をのっとることができなかった。これに対し、巣を守ったものは侵入者より小さい個体があり、0.21の差がある個体ですら巣を守ったケースもあった。大部分は侵入者より大きいものが巣を守る場合が多く、−0.1以上の体重差がある場合は大部分が巣を守ることができた。チャバネヒゲナガカワトビケラとヒゲナガカワトビケラ幼虫は体重差が大きく、ほとんどの実験区でのっとり行動がみられた。しかし、1実験区だけであるが、体重差が0.17もあったにもかかわらずのっとることのできない個体があった。

 透明循環器にチャバネヒゲナガカワトビケラ終齢もしくは亜終齢幼虫を入れて巣を作らせ、ヒゲナガカワトビケラ終齢幼虫を入れて、巣をめぐる行動を観察した結果を表2に示した。

表2 透明循環器の中で見られたヒゲナガカワトビケラ終齢幼虫
ののっとり行動
(○のっとり行動にあった巣

番号 チャ齢 1時間後 1日後
 
 
 
 
 
 
 
 
 
10  

 透明循環器はより河川モデルに近い装置といえる。この中でチャバネヒゲナガカワトビケラ終齢および亜終齢幼虫はすぐに巣づくりを始めた。様々な形の透明ビーズでも自然の石と変わりなく巣づくりを行った。ヒゲナガカワトビケラ終齢幼虫を加えたのは1日後であるが、大部分の幼虫は1時間以内に巣をのっとってしまい、のっとる巣がなくなった個体は新たな巣を作り、またはのっとっている終齢幼虫をさらに追い出そうとした。ただし、循環器の角や取り出し口に巣を作っていた4と8のチャバネ幼虫は1時間後にはのっとられず、1日後にのっとられていた。

 ヒゲナガカワトビケラ終齢幼虫が巣を作るまでに要する時間を調べた結果を表3に示す。

表3 ヒゲナガカワトビケラ終齢幼虫が巣を作るのに要する時間

個体番号 1時間後 3時間後 1日後
中石の下に小石を5個綴る、
持ち上げると崩壊、幼虫離れた。
   
大石の下、石は綴らず。    
大石の下、小石を11個綴る、
持ち上げると崩壊、幼虫離れた。
   
中石の下に小石を6個綴る、
持ち上げると崩壊、幼虫離れた。
   
 
中石の下に小石を11個綴る、
持ち上げると崩壊、幼虫離れた。
 
  石の上、巣は作らず  
 
大石の下、小石を15個綴る、
持ち上げると崩壊、幼虫離れた。
 
 
大石の下、小石を3個綴る、
持ち上げると崩壊、幼虫離れた。
 
 
中石の下に小石を18個綴る
持ち上げると崩壊、幼虫離れた。
 
10  
中石の下に小石を21個綴る
持ち上げると崩壊、幼虫離れず。
 
11  
中石の下に小石を28個綴る
持ち上げると大方崩壊、幼虫離れず。
 
12  
中石の下に小石を19個綴る
持ち上げると大方崩壊、幼虫離れず。
 
13  
大石の下、小石を21個綴る、
持ち上げると大方崩壊、幼虫離れず。
 
14    
中石の下に小石を49個綴る、
持ち上げても崩壊せず、幼虫中に居た。
15    
大石の下、小石を40個綴る、
持ち上げると少し崩壊、幼虫離れず。
16    
中石の下に小石を55個綴る、
持ち上げても崩壊せず、幼虫離れず。
17    
大石の下、小石を31個綴る、
持ち上げると少し崩壊、幼虫離れず。
18    
大石の下、小石を31個綴る、
持ち上げると少し崩壊、幼虫離れず。
19    
中石の下に小石を28個綴る、
持ち上げると崩壊、幼虫離れた。
20    
大石の下、小石を40個綴る、
持ち上げると少し崩壊、幼虫離れず。

 終齢幼虫はすぐに巣を作り始めたが、1時間後は5から10個程度の小石を綴ったに過ぎず、全身を隠すことができる巣ではなかった。3時間後においても小石の数は28個も綴るものがいたが、巣は完成されておらず、石を持ち上げると巣は簡単に崩壊した。1日後になって綴られる石も多く、55個も綴ったものがいた。巣を持ち上げても崩壊せず、中に幼虫の残るものがあった。

 河川でマーキング個体を放し、巣の中に入り込む行動を確かめた調査結果を表4に示す。

表4 マーキングされた幼虫の行動

日 時 場所 流速
cm/s
水深
cm
調査区間
cm
マーキング
個体数
籠に入った個体数
とマークの有無
巣に入り込ん
だマーク個体
石の表面で営巣
中マーク個体
巣中の
個体数
97'W.19 岐阜市世保 80 30 300 25  5 有  
97'W.29 美山町今島 50 20 350 143  8 有  
97'Y.7 武儀町下之保 50 20 350 165  6 有 5 無  
97'Z.20 美山町今島 50 20 350 22  3 有  
97'[.1 下呂町下呂 100 30 300 17      −  
97'\.6 岐阜市世保 50 20 350 26  9 有  
01']T.25 神戸町神戸 46.5 13 100 100  4 有 5 無 24 74

 野外の調査では 7匹から24の個体が巣に入り込んでいた。幼虫が底に沈み、巣にたどり着くには、流速が早ければ、当然遅くなり、岐阜市瀬保や下呂町下呂の調査では調査地点の巣に入ったマーク個体は1匹もいなかった。これに対し、神戸町神戸での調査は流速も遅く、水深も浅かったため、多くのマーク個体が巣に入り込んでいた。

6 考察(まとめ)
 日本の河川にはヒゲナガカワトビケラ属2種が混生し、上流域にはヒゲナガカワトビケラが、下流域にはチャバネヒゲナガカワトビケラが優占する。また、この属の2種幼虫は形態的にも非常に類似するが、ヒゲナガカワトビケラの方が全ての齢期においてより良い成長量を示す(津田・御勢 1954、西村 1987、青谷・横山 1989、水谷ほか 1996、山本ほか 1997)。
 上流域でヒゲナガカワトビケラが優占する理由としていくつかの仮説を立て、調査や実験を行ってきた。そして、幼虫には巣をめぐっての競争があり、その行動が両種の分布を決める大きな要因になっている、という結論に達した(水谷ほか,1996; 山本ほか,1997)。上流から流れてくる有機物を巣の網にひっかけて補食する昆虫にこのような競争行動がみられることは、動物行動学上、興味深い内容として注目を集めた。そして、室内における回転水流を起こした水槽の中での実験や透明循環装置を作成して河川モデルでの実験をはじめ、マーキング法による野外実験によって、幼虫の大きさと巣ののっとり行動との関係を調べた。水生昆虫が川底で姿を現したり、流されたりすることは、捕食者の攻撃に晒されることであり、一刻でも早く身を隠さなければならない。ヒゲナガカワトビケラ幼虫が、巣作りをする時間は危険と向き合っているときといえる。それならば新たに巣つくりをするより、すでにある巣に入り込む方が、個体の生存にとって有利であろう。また、少しでも糸や網の残っている方が巣づくりに費やすエネルギーも少なくて済むと思われる。そんな意味で巣をのっとる行動が発達したと考えられる。しかし、大型幼虫同志がぶつかった場合、競争に費やすコストと新たに巣づくりにかけるコストを比べると前者の方が犠牲が大きいのかも知れない。大型幼虫同志が遭遇したときは後からの個体は短時間でのっとりをあきらめるように思われた。
 実験結果よりヒゲナガカワトビケラが上流、支流域で優占し、チャバネヒゲナガカワトビケラが下流、本流域で優占する理由として、幼虫サイズの大きなヒゲナガカワトビケラ幼虫がチャバネヒゲナガカワトビケラ幼虫の巣をのっとり、そのためにチャバネヒゲナガカワトビケラ幼虫は下流に追いやられると考えた。実験室の円形水槽の水を回転させ、時間をずらして2匹の幼虫を入れたところ、最初に入れられ巣を作った幼虫が、後から入れられた幼虫に巣をのっとられるのは、体重差がある場合に限られた。しかし、幼虫の扱いの中で、全ての幼虫の状態が一定ではなく、元気の良いものからそうでないもの、また、脱皮や蛹化の近いものまで様々であった。本実験では、できるだけ活発に動く幼虫を選んだが、個々の幼虫の活動量の差はデータの中に表れていない。また、巣の完成度やその材料とする石の大きさなどの条件も、巣を守るための要因になると考えられる。0.10g の幼虫の巣に 0.20g と 0.29g の幼虫を後から入れたが(個体番号17および8)、前者が 10 秒でのっとっているのに対し、後者が 42 秒かかっているのはこの例と言える。しかし、のっとり行動が成功するのは約 0.1g 以上の差があるときと結論ずけた。ヒゲナガカワトビケラ幼虫とチャバネヒゲナガカワトビケラ幼虫は明らかな体重差があり、表2のようにほとんどの実験区でのっとり行動が見られた。
 ヒゲナガカワトビケラ属幼虫がが巣を作り始めて約3時間で仮巣室ができ、完成するのに5日を要したという報告がある(西村 1987)。今回の20匹の終齢幼虫を使った実験でも、しっかりとした巣らしい状態(石を持ち上げても綴られた石は壊れず、幼虫は巣の中に居られる状態)が完成するのに1日は必要であった(表 3)。したがって河川での実験において、マーキングをして放された幼虫は、30分から1時間では巣を完成することができず、巣の中にいたマーキング幼虫は、他の個体によってすでに作られていた巣の中に入り込んだものと考えられた。そして、河川には幼虫のいない巣はほとんどなく、これらの幼虫は巣をのっとったものと判断した。また、籠に入ったマークのない幼虫は実験個体に巣をのっとられた結果、流されてきたものと判断した。
 岐阜県の河川でも上流・支流にはヒゲナガカワトビケラが優占し、下流・本流にはチャバネヒゲナガカワトビケラが優占した(水谷ほか.1996)。しかし、成虫は上流域で両者とも採集され(山本ほか 1997)、チャバネヒゲナガカワトビケラも上流で卵を産んでいた。成虫が産卵したり、若齢幼虫の育つ場所には、何らかの制約があるのかも知れない。果たして上流、下流でヒゲナガカワトビケラおよびチャバネヒゲナガカワトビケラの雌成虫はどのように卵を産んでいるのか、その割合を場所と季節を変えて調べる必要がある。幼虫ののっとり行動だけでは両種の分布をうまく説明できない。のっとり行動が頻繁に起こるとするなら河川は上流から下流に至るまで全てヒゲナガカワトビケラばかりになってしまうだろう。幼虫ののっとり行動も分布を分ける1要因には違いないが、もっと他の要因、例えば成虫の行動、産卵習性、卵塊の存在にあるように思える。

7 引用文献
・西村登,1987. ヒゲナガカワトビケラ. PP144 文一総合出版. 東京.
・水谷健一ほか,1996. ヒゲナガカワトビケラ属の分布と生態I. 河川の浄化能力について. 各務原高等学校生物部誌シデコブシ4:4-11.
・青谷晃吉・横山宣雄,1989. 共存域におけるヒゲナガカワトビケラ属2種の生活環.141-151. 柴谷篤弘・谷田一三ほか, 日本の水生昆虫.種分化とすみわけをめぐって.東海大学出版.
・津田松苗・御勢久右衛門,1954. 吉野川の水棲動物の生態学的研究. 奈良県総合文化調査報告書.201ー220. 
・山本和俊ほか,1997. ヒゲナガカワトビケラ属の分布と生態II. 河川の浄化能力の測定と幼虫の巣ののっとり行動の観察. 各務原高等学校生物部誌シデコブシ5:4-19.

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