フランス国内では、急進共和主義のジャコバン派が力を増し、ルイ16世が1793年に処刑された。イギリスの首相ピットはフランス軍がベルギーを占領した
ことをきっかけに第1回対仏同盟をつくった。このため、フランスは全ヨーロッパ を敵にまわすことになり、国内でも革命政府に対する反乱が広がった。
ジャコバン派のロベスピエールはこの危機を乗り越えるためにいわゆる「恐怖政治」を行い、政治の引き締めをはかった。また、徴兵制を実施し軍を増強するとともに、優れた士官を昇進させ、部隊の指揮官とした。これによって、フランス軍は
全ての戦線で同盟国に対して優位に戦いを進めるようになった。
しかし、フランス国内では、外敵の恐怖がなくなると、ジャコバン派対する不満 が表面化し、テルミドール9日のクーデターによってロベスピエールは処刑された。