|
木曽・長良・揖斐の木曽三川が合流する低湿地帯は,古くから洪水のたびに大きな被害を受けていました。
この地に住む人々は自分たちの集落や田畑を守るために堤防を築き巡らしました。そのような堤防で囲まれた地域を「輪中」と呼んでいます。
一般的に輪中とは
水防のために必要な堤防があること
堤防の内側に貯まった水を川に排除するための水門(圦樋)を持つこと
水防共同体として活動する組織や水屋などの防水建築があること
と定義されています。
輪中という言葉そのものが使われるようになったのは17世紀に入ってからとされているようです。
輪中は,自然堤防と呼ばれるわずかに高い土地に人々が家を建て水田を耕作したことが始まりと言われ,その後,尻無し堤や潮除堤などの過程を経て小規模な輪中が完成しました。
江戸時代に入り,これらの小規模な輪中を取り込んだ複合輪中と呼ばれる大規模な輪中が作られ水害から守られるようになりました。
デレーケによる明治改修以後,土地の宅地化や道路整備により輪中堤が取り払われるなどして多くの輪中がその形を変えてきましたが,昭和51年に起こった9.12災害を例にとるまでもなく,今でもこの地域における洪水被害に対する備えとしての輪中の役割は変わりません。
|