●飛騨民俗村の施設1●

1 田中家(飛騨の里)(国指定重要有形文化財)
●大野郡灘郷冬頭村(現・高山市冬頭町)
●18世紀初め(1700年代)、切妻造、板葺、石置屋根、間口12.1m、奥行10.9m
●当家の創建年代や場所は不明ですが、江戸中期に高山の国学者田中大秀が、田屋(たや小作を管理する建物)として使用した建物です。 柱や床板には、江戸中期以前のチョウナ(手斧)痕がみられます。柱、梁等の材料は、クリ、ネズ等を用いています。 近代、江戸時代の高山盆地の農家の様子を伝える素朴な民家です。
2 若山家(飛騨の里 平成9年度移築)(国指定重要有形文化財)
●大野郡白川郷下滝村(現・大野郡荘川村下滝)
●宝暦初年、切妻合掌茅葺4階建、間口17.1m、奥行12.5m
●荘川方面に多い入母屋屋根が、白川方面の大形の切妻屋根(合掌造)へと形態上変化したことを裏付ける貴重な建物です。

3 吉真家(飛騨の里)(国指定重要有形文化財)
●吉城郡小鷹狩郷角川(現・吉城郡河合村角川)
●江戸中期、入母屋造、茅葺、間口13.9m、奥行9.4m
●ノゾキ柱(あるいはムカイ柱)と呼ばれる、柱頭が又状の柱を上手に用い、梁や桁と組み合わせています。

4 田口家(飛騨の里)(国指定重要有形文化財)
●増田郡東村卯の原(現・益田郡金山町卯の原)
●文化5年(1808年)、切妻造、板葺、間口25.2m、奥行13.3m
●代々庄屋を勤めたこの家は、村の中心的な存在として、集会などに使われました。飛・の最南端の暖地にあったこの家は、他の家と異なり廊下は濡れ緑であり、また、長方形の囲炉裏であるなど、南飛騨の民家の特色を伝えています。二階は養蚕のために広く使えるようにし、一部は落し座敷としています。
5 西岡家(飛騨の里)(国指定重要有形文化財)
●大野郡白川村加須良村(現・大野郡白川村加須良)
●江戸後期、切妻造、茅葺、間口20.4m、奥行11.3m
●加須良集落の蓮受寺の庫裏として建造されたもので、巨大なチョウナ梁を持った大型家屋です。 手前1間の差出しは庫裏としての機能を果たすために、後から造られたものです。また、同じ合掌造りでも、白川郷の北端のこの家と、南端の若山家を比較すると、棟仕舞などに、荘川と白川の伝統的な建築様式の違いを見てとることが出来ます。二階には国指定重要文化財である荘川の養蚕用具コレクションを展示し、階下には履き物のコレクションを展示しています。
6 新井家(飛騨の里)(県指定重要有形文化財)
●大野郡小島郷池本村(現・大野郡清見村池本)
●江戸後期、切妻造、板葺石置屋根、間口15.8m、奥行19.9m
●明治43年(1910年)に、9cm×12cmの太い垂木に入れ替えて、2mの積雪にも耐えられる屋根にしたと言われ、雪とのたたかいの歴史をこの家に見ることができます。織物など衣類に関する資料を展示しています。

7 富田家(飛騨の里)(県指定重要有形文化財)
●吉城郡高原郷杉山村(現・吉城郡神岡村杉山)
●江戸末期、入母屋造、茅葺、間口14.4m、奥行8.2m
●越中東街道の問屋として、荷物や牛馬の中継ぎなどを家業とした家で、広い屋敷内には、この家を取り巻く多くの建物がありました。又、旅人が休憩できるような縁側がつけられ、入口横には問屋の機能を考えて帳場がおかれていました。 中央部を高く抜き、右側に中二階を付けた入母屋合掌の茅葺で、飛騨の東北部の建築様式をみることができます。
8 道上家(飛騨の里)(県指定重要有形文化財)
●吉城郡小島郷加賀沢村(現・吉城郡宮川村加賀沢)
●江戸末期、入母屋造、茅葺、間口17.7m、奥行9.4m
●飛騨の最北端、越中との国境にあった建物で、形態は越中の民家に似ています。 妻側の中央部を大きくきりとって、いわゆる兜造りとしているのは、中二階を明るくするためで、この様式は山梨や関東など養蚕県に多くみられます。

9 前田家(飛騨の里)(県指定重要有形文化財)
●吉城郡高原郷神坂村(現・吉城郡上宝村神坂)
●明治32年、切妻造、板葺石置屋根、二階建、間口19.5m、奥行11.8m
●この民家は、上宝南部系の、人も一つの出入り口から出入りする特殊な形態をしており、調和のとれた建物で、総ひのき造り、六連の座敷が特徴です。
10 中薮家(飛騨の里)(県指定重要有形文化財)
●大野郡久々野郷宮村(現・大野郡宮村山下) ●江戸中期以前、切妻造、板葺、間口14.9m、奥行11m
●飛騨の中央部に発達した、軒高が低く、勾配のゆるい板葺石置屋根の家で、江戸期の土座生活を知るうえで、田中家、野首家とともに貴重な民家です。冬間近には、板葺石置屋根の置石はすべて軒上へ集められます。
11 野首家(飛騨民俗館)(県指定重要有形文化財)
●大野郡灘郷片野村(現・高山市片野町)
●江戸前期、切妻造、板葺、間口15.2m、奥行10.8m
●飛騨の中央部の民家形式をもった、土座生活様式の民家です。 元禄7年の検地水帳には、「屋敷一畝二歩、間口八間半、奥行六間しものくい八兵衛」とあり、現在の大きさと一致します。 土台のない掘立式建築で、内部は、土座生活の様式を伝える土間が大部分を占めています。
12 セイロ倉(飛騨の里)(県指定重要有形文化財)
●吉城郡高原郷鼠餅村(現・吉城郡上宝村鼠餅)
●江戸末期、間口5.0m、奥行5.6m
●角材を積み上げて造った古い形態のこの倉は、校倉(あぜくら)と同じように物の保存には効果があります。 二階には道具類、階下には穀物や味噌を入れるようにできています。 飛騨の国中に現存するセイロ倉の中では最も整った倉です。

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