2.鏡像の不思議(ひっくり返しは次元を越えた操作)




上で述べたように、右手と左手も互いに鏡像になっていますが、右手の掌と甲を互いに表向けたり裏向けたりしても、所詮右手は右手であり、左手にはなりません。

このように似て非なる鏡像の性質について、もう少し深く観ていきましょう。

まず、「裏文字」「鏡文字」を考えてみましょう。

この図形は、数学的に言うと「線対称」図形です。ですから、鏡像を作るには、もとの図形を「軸に関して180°回転させる」とか「ひっくり返す」いう具体的な操作をすれば鏡像を作ることができます。

このとき、つぎのことに十分注意して考えてください。
文字は高さのないペラペラの図形、すなわち「平面図形」です。これを「ひっくり返す」ことになります。この「ひっくり返す」という操作は、高さのある3次元空間内での操作になります。
つまり、文字を平面上でどのように動かしても、その鏡像はできませんが、高さを加えた3次元空間内で「ひっくり返し」という操作をすれば、具体的に鏡像を作ることが可能です。


平面図形における鏡像の作り方


このような鏡像関係のある図形を作るには?


平面内の移動では、鏡像は作れない
(動画1)


ひっくり返す操作で、鏡像は作られる
(動画2)

さて、平面図形の次に、3次元空間内の立体図形の鏡像について、調べてみましょう。

下図のような立体図形とその鏡像を考えてみます。この2つの立体は、どのように動かせば、重ねることができるでしょうか。 やってみましょう。


立体図形の鏡像


このような鏡像関係のある立体図形を作るには?


鏡像関係にある立体は重ねられるか
(動画1)


鏡像関係にある立体は重ねられるか
(動画2)

いかがでしたか。どのように動かしても重なりませんね。
この2つの立体は、数学的に言うと「面対称」の図形ですが、平面図形の場合とは異なり、回転対称ではありません。従って「ひっくり返し」という操作で鏡像が作れないということになります。

さて、ここから想像をたくましくして、考えてみて下さい。

2次元の平面図形の鏡像は、1つ次元を上げた3次元空間内の「ひっくり返し」により作ることができました。
同様に、
3次元の立体図形の鏡像は、1つ次元を上げた4次元空間内の「ひっくり返し」により、作ることができないでしょうか。
もちろん私たちは3次元空間に住んでいますので、1次元空間(直線上の世界)や2次元空間(平面の世界)は容易に想像できますが、4次元空間は目に見える形ではなかなか想像できません。

ちなみに、それぞれの空間の数学的な定義は、

  • 1次元空間:1本の数直線が作る世界
  • 2次元空間:互いに直交しあう2本の数直線が作る世界 
  • 3次元空間:互いに直交しあう3本の数直線が作る世界 
  • 4次元空間:互いに直交しあう4本の数直線が作る世界 
  • ・・・・
  • n次元空間:互いに直交しあうn本の数直線作る世界

ですから、4次元空間は、「3次元空間の3本の数直線(x,y,z軸)に対して、どれとも直交するようにもう1本追加した(追加できるような)空間」ということができます。

どうですか、このような空間を想像できますか。


4次元空間を想像してみよう

黄色い軸を、他の3本といずれとも直交するように挿入できますか?(動画)

やはり、想像することは難しかったでしょう。

鏡はいとも簡単に3次元立体図形の鏡像を作りますが、
それが4次元空間内の「ひっくり返し」により作られた 
という言い方もできます。このことから、鏡の神秘的な性質をあらためて感じます。

鏡像について、もうひとつ神秘的な話題があります。それは分子の世界の話題です。

原子が結合して分子を作るとき、様々な立体構造ができます。分子の中には、その構造が互いに鏡像関係にあるものがあります。それらはL体D体といういい方で区別していますが、まったく同一の物質であり、どちらができやすいということはありません。
アミノ酸という物質はたくさんの種類がありますが、L体とD体を持っています。ところがどういう訳か、
地球上の生物はL体のみを使っている
のです。どうしてでしょうか。 その理由については諸説が提案されています。たとえば、「太古の昔、進化の過程で、L体を持つ種が偶然に優位になり、その後その種からすべての種が進化したのではないか」という主張もあります。しかし、まだはっきりしたことはわかっていません。

アミノ酸のうち、化学調味料として馴染み深いグルタミン酸もL体とD体があります。


グルタミン酸


手前がL体、鏡像がD体

このL体グルタミン酸にナトリウムを結合させたものが、L−グルタミン酸ナトリウムであり、化学調味料として使われますが、D−グルタミン酸ナトリウムは不味くて食べられないそうです。(体験したことがないので、わかりません。)

人工的に物質を合成すると、L体とD体は同量できます。グルタミン酸ナトリウムを合成すると、その半分は不味いので捨てることになってしまいます。
このようなとき、L体とD体を選択的に合成できると便利ですね。そこで開発された方法が「不斉合成」という方法です。この方法の研究の業績により、野依良治名古屋大学教授がノーベル賞を受賞されました。

以上、鏡像の不思議でした。


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