1.ベクトルとは何か(定義について)


1−1 大きさと向きを持つ量としての定義

 夏になると涼やかな南風、冬になると肌を切る北風・・・というように、
「風」という対象物には、風の強さのみならず、吹いてくる向きも欠かせな
い要素です。

 また、「風」は温度や湿度などの属性も持っていますが、気象
学上では、例えば「南南西の風、風力3」というように、大きさと向きを属
性として持っている量であるようです。このような量をベクトル(vector)
あるいはベクトル量と呼びます。

(右の写真は高知大学・東京大学・気象庁 提供)

夏の風 冬の風

 ベクトル量の別の例としてよく取り上げられるのは「力」です。
「力」も大きさだけではなく、引っ張られているのか、押されているのか、上向きなのか、下向きなのか、という向きを明言しないと、「力」を表現し尽くしたことになりません。

このようなベクトル量に対して、大きさだけで言い尽くせる量をスカラー量(scalar)といいます。例えば、物の長さ、面積、体積、質量などがスカラー量です。

ところで余談ですが、

  私たちは、質量、重量、重さ、物体に働く重力という量については、その違いをあまり意識しておらず、その使い分けも曖昧ですね。
 ベクトルかスカラーかは微妙なところです。実は正確に言うと、
  • 質量とは、物体に働く力の大きさを、その物体の加速度の大きさで割った量のこと(スカラー量)
    要するに、少しの力で簡単に動くか、大きな力でないと容易に動かないのかというように、
    物体の動かし易さの度合いを表した数値

  • 物体に働く重力とは、地球上の物体を地球に引きつけようとする力のこと(ベクトル量)

  • 重量とは、重さともいい、物体に働く重力の大きさのこと(スカラー量)
    重量=質量×重力加速度の大きさ(通常gで表す。g≒9.8・・)
 ということになります。
  たとえば、質量10キログラム(kg)の物体の重量または重さは、10×g≒98ニュートン(Nまたはkg・m/sec2)です。
 これを10キログラム重(kilogram force)とも言いますので、いつの間にか日常的には、単に10キログラムと言っています。
 この物体に働く重力は、鉛直下向きに約98ニュートン(または10キログラム重)である、と言います。
 この物体を月面へ持っていくと、質量は10キログラムと変わりませんが、重量は約1/6倍となり、小さく(軽く)なります。

 ここで一つ問題を出しましょう。

  スペースシャトルに乗っているとしましょう。
  無重量状態ですべての物がプカプカ浮いています。

  質量10kgと1kgの金属球もプカプカ浮いています。
  この2つの球は外見上区別がつきません。

  さて、どちらが10kgなのか、見分ける方法を考えてください。

解答例 背景写真はNASA提供


 ちょっとややこしい話になりましたね。日常では、質量も重量も混同して使っているのが常のようです。

さて、ベクトルの表現方法をみていきましょう。

大きさと向きを持つ量として定義されたベクトル
の表現方法は、視覚的にわかりやすい
矢線で表されます。
また記号としては,・・・ のように
アルファベットの上に矢印を付けて表します。

このように、大きさと向きを強調した表現を、ここでは、ベクトルの「幾何学的表現」と呼ぶことにしましょう。


1−2 複数の数値をセットで表した量としての定義


 例えば、人間の体格を議論するとき、身長、体重、胸囲、座高など、それを表す属性は複数あります。その他、学業成績も、それを表す属性は、国語の成績、社会の成績、数学の成績など、数え切れないくらいたくさんあり、複雑な量です。
このように、複数の属性(数学ではこれを要素または成分と呼びます)を持つ量をベクトル量といい、ひとつだけの要素を持つ量をスカラー量と言います。

このように定義されたベクトルの表現方法は、その要素を数値で表して並べ、それら全体をひとつのセットとして、括弧( )を付けて表します。
例えば、(2,3)、(2,3,4,5)のようになります。記号としては,・・・のようにアルファベットの上に矢印を付けて表すことは、上記の「幾何学的表現」の場合と同じです。
このように、複数の数値のセットとしての表現を、ここでは、ベクトルの「代数学的表現」と呼ぶことにしましょう。

この表現方法は、座標上の点と同じ表現であることに気がつくでしょう。
実はその通りであり、ベクトル(1,2)は、座標平面上の点(1,2)と同じであると考えて差し支えありません。
すなわち、ベクトルの始点を原点に置いたときの終点の座標であると認識すればよいわけです。

このように考えると、
ベクトル(1,2,3)は3次元空間内の点、
ベクトル(1,2,3,4)は4次元空間内の点、
ベクトル(1,2,3,4,5)は5次元空間内の点
・・・
ということになり、我々の住んでいる実空間である3次元空間を越えた空間を想像(創造)しなければなりません。
でも、人間の頭脳の中では、どんな高次元でも想像(創造)できますので、便利ですね!?


1−3 2つの定義の関係


 ベクトルに対する2つの定義(表現)は、例えて言うと、正面玄関と裏玄関のようなものであり、どちらから入っても結局同じものですが、ベクトルを議論しているそれぞれの場面で、使いやすい方、強調したい方を用います。

 それではここで、正面玄関(幾何学的表現)から入って、裏玄関(代数学的表現)までの議論の全貌を見ていきましょう。
まず、南西の風、風力2のベクトルを考えます。


@これを幾何学的に表現すると、
 右図の左のようになります。

Aこのベクトルを、
 東西南北に沿った座標平面上に、
 ベクトルの始点を原点にして置きます。

Bここで、x 軸とベクトルのなす角は45°であり、
 さらに、直角2等辺三角形の3辺の比を利用すると、
 ベクトルの終点の座標は(√2,√2)となります。

これをこのベクトルの代数学的表現とみなします。


また逆に、ベクトル(√2,√2)を、座標平面上の点とみなし、原点からその点までの矢線を作るとき、その矢線をこのベクトルの幾何学的表現と見なします。

このように、座標平面を利用して、幾何学的表現と代数学的表現が一意に決まります(一通りに表現でき、しかも行ったり来たりして復元できる)ので、同じもの(同値)である、ということになります。

 今度は別の例で、代数学的表現から入って幾何学的表現へもっていきましょう。


@ベクトル(2,3)を考えます。

Aこれを座標平面上の点と見なします。

B原点からこの点まで矢線を描き、
これをこのベクトルの幾何学的表現とます。

C大きさと向きは、ちょっと手間がかかりますが、
三平方の定理と三角比及び関数電卓で
求めます。

以上、
ベクトルの幾何学的定義と代数学的定義は、 ベクトルの始点を原点にもってくることにより、大きさ・向きと、終点の座標の関係が 明確になり、同一視できる、ということです。
このことを、「ベクトルの2通りの定義による表現方法の違い体感シミュレータ」で味わってみてください。

少し練習をしてみませんか

 さて最後に、また余談になりますが、


  ベクトル(2,3)の大きさは√13(≒3.6055・・・)であり、決して2+3=5ではありません。
 例えば、(身長、体重)=(165,60)の場合165+60=225という値は無意味ですし、
 また、「私は柔道4段、剣道3段、書道2段。合わせて9段です。」という「合わせて」という操作も無意味です。

  ところで、学校の成績については、例えば期末テストの点数が、(国語、数学、英語)=(85,65,90)であったとき、
 合計点240が気になります。この値は何を意味しているのでしょうか。
 むしろ、852+652+902の平方根(ベクトルの大きさ)を議論した方がよいのではないか、と思うのですが・・・。





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