2.ベクトルの演算について その1(和と差、実数倍)


2−1 ベクトルの和

 2つの風が重なり合う、2つの力が合成されるなど、2つのベクトルを加えるという感覚は、直感的にわかりやすいものです。

まず幾何学的表現のベクトルについて、次のような2つのベクトルの和を考えましょう。

 単純に「和」といっても、次のような2通りの考え方ができます。

  右図の左の考え方は、例えば、
 「岐阜から名古屋へ行き、さらに名古屋から東京へ行くと、
 岐阜から東京へ行ったことになる」という感覚であり、
 「継ぎ足し型」と呼ぶことにしましょう。


 また、右の考え方は、
  「大きな石を二人で同時に引っ張ったときの合力」
  という感覚であり、
 「合わせ型」と呼ぶことにします。


 どちらも結果(和のベクトル)は同じにあることは、
 言うまでもありません。

 次に代数学的表現のベクトルの和はどうなるでしょうか。

 例えば、学級の出欠状況(欠席、遅刻)を調べたところ、
A組は(2,3)であり、
B組は(4,5)であったとすると、
合わせて
(2+4,3+5)=(6,8)を和とすることは、
自然に納得できると思います。

つまり、各要素どうしを加える、ということです。

 さて、上記のように2つの方法で表現されたベクトルの和が、同一のものであることを確認しましょう。この場合、「継ぎ足し型」による説明がわかりやすいです。
右図のような青ベクトルと緑ベクトルの和を考えると、
継ぎ足し型で生成した和の赤ベクトルが、
要素どうしの和になっていることはすぐに分かるでしょう。

「1 ベクトルとは何か(定義について)」で見てきたように、日常的な量の多くがベクトル量であったことから、ベクトルの和も日常的な現象で大いに活躍します。ここではその事例として「力」に関するものを3つ紹介します。

 @物体の浮力

物体を水などの液体に沈めると、
物体は浮力を受けて、その重量は軽くなります。

浮力は、物体が液体から受ける力の総和です。
因みに、この力を単位面積で割った値が圧力です。

右の例では、球形の物体が液体から受ける力を
水色のベクトルで示しています。

圧力は深さに比例して大きくなるので、
液体が及ぼす力も深さに比例します。
また、この力は物体の面に垂直に作用する。
その様子を矢線ベクトルで表現しています。

水色のベクトルの総和が黄色ベクトル(浮力)です。

たくさんのベクトルの和は、
「継ぎ足し型」の和がわかりやすい。
 A低気圧の風向き

地球上の空気の流れ(風)は、
気圧の高い場所から低い場所へ流れます。

低気圧は、周囲より気圧が低いので、
その中心(赤丸)に向かって 気流(青ベクトル
が流れます。

ところが、地球上では自転の影響で、
北半球では進行方向に向かって右向きの力
黄ベクトル)が働きます。
この力を(コリオリの力)といいます。

風向きは、
気圧の差による流れと、コリオリの力の合成
として生じ、右に振られながらも、低気圧の
中心に吹き込むので、右図(ピンクベクトル
のようになり、渦を巻くことになります。

右図の写真は、
平成15年5月30日の気象衛星写真であり、
台風4号を表している。
(写真は高知大学・東京大学・気象庁 提供)


 B釣り合いの位置

3つの輪ゴムを結んで、
3方向からそれぞれ異なる大きさと向きで引っ張
ります。

3つの力は、大きさと向きがまちまちですので、
引っ張り方によって、結び目は移動しますが、
それらが釣り合った位置で止まります。
(右図の左写真)

このとき、3つの力の和は「継ぎ足し型」で
足し合わせると、無くなりゼロベクトル(後述)
となります。

あるいは「合わせ型」で言い換えると、
2つの力の和が、もう一つの力の、
大きさは同じだが向きが逆のベクトル、
すなわち逆ベクトル(後述)となり、
釣り合います。
(右図の右は、その説明画像)


2−2 ベクトルの差

 ベクトルの「差」は、「和」ほど単純ではありませんので、まず、スカラー量としての数値の「差」について復習しましょう。
「和」という演算を知っているとして、それを前提知識として「差」とは何かを、原点に立ち返って論理的に考えてみましょう。
たとえば、5−3がいくつになるか考えるとき、2通りの考え方ができます。
@ 5−3=X とするとき、X とは、3にそれを加えると、5となるような数である。
  すなわち、5=3+X と考えている。

A 5−3 とは、−3という新しい数字を定義して、5+(−3)と考える。
  −3とは、3+X=0(無くなってしまう)となるような、3と対になる数
「差」はよく知っている演算ですが、真っ正面から考え直すと、結構やっかいですね。

さて、下図の2つのベクトルについて、「差」を考えていきましょう。

ベクトルの「差」についても、スカラーと同様に、2通りの考え方ができます。

@  とするとき、
  とは、にそれを加えると、
  となるようなベクトルのことです。

  すなわち、 と考えています。
  右の青ベクトルと何を足すと、緑ベクトルとなるのかを考えて、
  そのようなベクトル(すなわち紫ベクトル)を「差」とするのです。





A  とは、
  −という新しいベクトルを定義して、
  +(−)という和と考えます。

  −とは、となるような、
  対になるベクトルのこと。

  このようなを、数学ではゼロベクトルと言います。

  −は、と加えると無くなってしまうベクトルであるから、
  大きさが同じで向きが逆向きのベクトルとすればよいわけです。
  数学では、これをbの逆ベクトルと言います。

ベクトルの和差の最後として、「ベクトル演算シミュレータ(和差編)」で遊んでみましょう。

ベクトル演算シミュレータ(和差編)


2−3 ベクトルの実数倍

 を2つ加える、すなわちは、幾何学的表現で言うと、大きさが2倍となり、向きは同じベクトルです。ところで、普通の数(スカラー量)の a + a は 2a と表すように、
ベクトルも 2とすると分かり易いですね。

というわけで、

k倍のは、向きは同じで大きさをk倍したもの、とします。ただし、kが負のときは 向きを反対にすることとしましょう。こうすると、「2−2 ベクトルの差」でみたように、の逆ベクトル−が−1倍のであると解釈すればよく、これも都合がよいですね。

また、kは整数でなくてもよく、例えばk=2.5であれば、大きさが2.5倍となっているベクトルを考えればよいことになります。

このような過程をみていくと、「数学はずいぶんご都合主義!?だな」と思うことでしょう。
実は、数学は考え方や記号を拡張していくとき、法則の終始一貫性や整合性を大切にするからです。

つまり、見かけ上異なって見えるいくつかの対象物も、できる限り単純な法則で普遍的に統一的に議論できるようにしたい。そのためには、見かけ上異なるもの同じものである見なそう、という考え方に立ちます。これが数学的な精神であり美学であると、考えます。




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