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 公地公民(すべての土地や人は国のものと考えること)を理想とした律令(法律)体制は、たくさんの税金の負担で逃げ出す人や、豪族・神社の勢力拡大によってしだいに衰えました。天平15年(743年)には、耕地(土地)を自分のものにすることができる「墾田永年私財法」が定められ、また地方の開発領主を集結した源頼朝による新しい武士政権の誕生から、院政の時代、室町幕府の成立と、時代は戦国動乱の世の中へ突入していきます。
▲顔戸城主斎藤妙椿

 中世の御嵩においても、この動乱の時代に多くの武将たちが活躍し、敵の攻撃を防ぐ戦略の拠点としてお城が造られました。中世の城は平地に土を盛り上げて築いた小さなとりでに堀を張り巡らせ敵を防ぐ「平城」と、山の上に土を盛り上げて築いた小さなとりでで敵を迎え撃つ「山城」との2つに大きく分かれますが、町内では現在、平城・山城あわせて5つ(上恵土城・顔戸城・本陣山城・権現山城・小原城)の城があったと確認されています。